永島順子 県政にチャレンジ!!

2006年3月1日 13時38分 | カテゴリー: 活動報告

磯子市民ネットは、2月27日に第16回定期総会を開催し、2007年統一地方選挙において県議会議員の神奈川ネットワーク運動公認候補者として、永島順子を擁立することを決定しました。

永島順子の決意表明
1990年磯子市民ネット設立に関わり、1991年の統一地方選を市議候補として戦いました。1995年に向けて再挑戦の機会を与えていただきましたが、夫が病に倒れたため、立候補を断念し、看病に専念することにいたしました。そして夫亡き後、小学生の子どもを抱え、フルタイム労働者として家計を支えながら、可能な範囲で平和問題を中心に市民運動に参加してきました。
 現在、神奈川県でも米軍再編や原子力空母の配備など米軍基地強化の方向性が出され、アメリカの軍事戦略に加担する動きが進んでいます。これに対抗するためには、市民のネットワークを強化し、自治体の権限や平和憲法を最大限生かして、地域の運動を広げていく必要があります。
また、経済のグローバル化が急速に進み、構造改革によって官から民への流れが加速され、社会はますます市場原理によって支配されようとしています。競争社会の中で、経済格差は広がり、個人は孤立して、不安定な状況に置かれています。耐震偽装問題、アスベスト対策の遅れ、ライブドアの証券取引法違反、青少年の凶悪犯罪、いじめ、不登校、ニートの増加等はこうした社会状況がもたらした問題です。
今求められているのは、地域や市民の協働の力で、生活福祉型社会をつくることではないでしょうか。女性や子ども、高齢者、障害者、外国人労働者といった市場原理では無視されがちな人たちがもつ価値を見直し、新しい豊かさ、多様な生き方、働き方を市民の側から生み出すことが必要だと考えます。
神奈川ネットワーク運動がこれまで取り組んできた参加型政治、生活者政治をさらに推し進め、世界の市民ともネットワークして、市場経済優先社会から生活優先社会へ、軍事による安全保障から人と人のネットワークによる安全保障への転換をすすめていきたいと考えます。
 今再び、理想に向かって活動できる場に戻ることができたことに感謝し、これまでの様々な経験を生かして、新しい市民社会をつくるために、精一杯頑張っていきたいと思います。

<プロフィール>1954年:宮城県登米市生まれ
1973年:東北大学薬学部入学
1975年:埼玉大学教養学部編入学 1977年:同卒業
1978年:学習院大学大学院人文科学研究科入学 1982年:同中退
1983年:結婚、横浜市磯子区に居住。補習塾を始める。
1988年:生活クラブ生協磯子準備支部委員 くらしと原発を考える会代表
1990年:神奈川ネットワーク運動 磯子市民ネット代表
1993年:グローバル市民基金「地球の木」副代表
1996年:河合塾講師
1998年:フェリス女学院大学語学教育研究室副手 2002年:同言語センター職員

現在、磯子市民ネット代表他、平和の芽、九条の会・いそご、上中里人権問題学習会に参加し地域で平和運動を行っている。  
家族:長男(大学3年)