ここの避難所の人たちは結束が固く、仮設住宅に7世帯が当選しましたが、皆で同じ所に入りたいと断り、用地を自分たちで見つけ、町、県、国と交渉して、ようやく許可が降りたそうです。自治の力です。
また、私が理事長をしているNPO法人いそご元気サポートが運営する地域の居場所「根岸ほっこり村」の子供たちの絵を避難所の子供たちに手渡し、一緒に「おサルのタンバリン」の工作をしてきました。子供4人、ボランティアさん3人が参加してくれ、かわいい作品ができました。
一緒に行った宮城県大崎市鹿島台に住む知人は、震災後各地を回り、泥かきや話し相手のボランティアをしています。彼によると、「地震どうでした?」と尋ねると、少ない人で30分、何時間も話す人も多いそうです。一軒きれいにするのに、10人で数時間。ボランティアはいくらいても足りないと言っていました。
地元の人たちと一緒にNPOを立ち上げ、支援拠点を作ろうという話になりました。現地に行って泥かき、片付け、話し相手をして、何が必要なのかを調査して情報マップを作ること、都会のボランティアが寝泊まりできる場所をつくること、人や荷物を運ぶための車、トラック、バスなどを用意することなど、話はどんどん膨らみました。これから可能性を探ります。
永島順子